石田義昭の【飲食店 繁盛ダネ!】その九十九

「今回のカレーフェアは中止することにしました」。

「え、どうしたんですか?」

「はい、今日は先生に味見をしてもらうつもりでしたが、どうしても私が納得できる商品に仕上がりませんでした。

担当者は頑張ったとは思うのですが、イマイチ先生に味見はもちろん、お客様に出すのに妥協しては失礼ですから」。

「なるほど、自分たちが納得できないものをお客様に出すわけいきませんものね」。

顧問店での会話です。

石田はこの社長を日ごろから尊敬していますが、またまた感服いたしました。

「なんだ、当たり前だろう」という方もいらっしゃると思いますが、予定があり、その準備が進んでいると、中止ができず妥協してしまう社長も多くいるものです。

ましてや現場を任されている社員は中止自体が自分の評価を下げるため、形だけ整えてしまうことはよくあることなのです。

“益なくば新(改める)にあらず”でしょう。

担当者に聞くといくつかのお店を見聞したということでしたが、その見聞を活かして商品作りに取り組んだ時間とチームワークに対する努力が不足していたようです。

まじめな方で反省しておられましたので次回に期待です。

見聞が生かされ百数十年以上続くメニューもあるのですから…。

 

『悪戦苦闘の先に評価はある』

誰もが知っているメニューに「肉じゃが」がありますが、この商品は明治の英雄である、あのロシアバルチック艦隊を撃破した旧日本海軍の東郷平八郎元帥に由来するものなのです。

彼がイギリスに留学していた頃、ご馳走になったビーフシチューは甚く彼を感動させたらしく、任務に就いた際、忘れられぬその料理を艦上食に取り入れようと料理長に開発を命じました。

ところが当時の料理長はシチューなど全く分からず、ワインもありません。

想像と工夫を繰り返す悪戦苦闘の末、醤油と砂糖で味付けをして、具だけは肉・玉ねぎ・じゃがいも・人参と同じものですが、本物とはえらく違うものが出来上がりました。

しかし東郷元帥はそのメニューを兵士たちの身体を考えたとき、栄養価の高さを評価して採用したということです。

料理長の努力は報われたわけです。

想像するに元帥から指令を受けたときの料理長の気持ちはタイヘンなものだったでしょう。

特に当時は国の発展と滅亡が背中合わせのギリギリの中で、状況は平坦ではなく、その鍵を握る元帥からの指令です。

必死だったでしょうね。

店の浮沈を握る社長の指令を受けて必死に商品を開発することを担当者の皆さんはやっておられるでしょうか。

悪戦苦闘の必死さのおかげで百年以上支持される、日本のおふくろの味「肉じゃが」は誕生したのです。