石田義昭の【飲食店 繁盛ダネ!】その八十八

「先生、店舗視察して感想を聞かせてくれませんか」

時々こんな依頼がありますが、今回もあるレストラン街の店舗の様子を報告せよという依頼です。

仕事で食べ歩きができていいですね、などと言う方がいますが、プライベートで飲食店を楽しむのとは違って《何かを見つける》という目的をもって食事をするというのはあまり面白くはないものです。

数店回る時はそれでもやはり、良さそうな店、美味そうな店から入店します。

今回もまあ、まずはここだろうという店から入店しました。

 

『つぶれる店には理由が有るのです』

スタッフと二人どこから入ろうかと施設をひと回りすると、お客様がパラパラの店、満席に近い店、ウエイティングが出ている店と明暗がくっきりです。

その中で満席に近い店でウエイティングのない店を選び入店しました。

「何人、あっちとこっち好きな方に座って!」

元気がいいと言えば聞こえはいいですが、無礼極まりないオバチャンのこの言葉から始まったこの店は驚きの連続でした。

テーブルにメニューがないので、壁の汚いPOPを頼りにオーダーです。

7時までに頼むと生ビールなどアルコールが半額ですが、時計は7時半。

残念ですが580円が290円になるはずの生ビールを指さしながら注文です。

「生二つください」と私。

「生ビールね、7時過ぎちゃってるからね、残念だね」とオバチャンからの返し。

「今日は料理、時間かかるからね。ごめんね」とさらに追い打ちが。

「もつ煮をください」

「あ、それもうなくなっちゃった。ウチのは美味しいからね」

(美味しいの、食べたかったよ。食べられないのに言うなよ)

「豆腐肉ならできるよ」とオバチャン。

「肉豆腐のこと?」と私。

「豆腐肉!」とオバチャン。

「・・・それください。」と私。

3品程頼んでオバチャンのビショビショな手で運ばれてきたお通しを眺めながら生ビールを待ちましたが、ここからが本番の悲劇、泡が半分中身が半分で、泡がカニ泡でもう1/3消えているのです。

「おまたせ!」という声でせかせかと行ってしまったオバチャンを呼び戻す勇気は私にはありませんでした。

壁のPOPの580円の文字を恨めしげに見ながら(モノは290円だよなあ)と心は言っていました。

「こんな店、繁盛するオーラが何もないのになんでこんなに入ってるんだろう、まだ何かあるはずだね、不可思議だ、商品カモなあ」

スタッフは機嫌が悪そうな石田を察したのか、「こんなに入っているなんて、皆、親戚なんじゃないですか」と冗談で私を乗せようとしますが駄目でした。

〈豆腐肉〉が運ばれてきたからです。

ホントに消しゴムのような豆腐が二つ、カスのような豚肉がちょぼちょぼとしょうゆ味の黒い液体の中に沈んでいます。

(勘弁してくれよ)

つづいて運ばれてきた干からびたシシャモは死者も食べないってか(ダジャレ言わなきゃ乗れないぐらいグレ始めてました)というぐらい酷い代物。

不覚にも口が塩辛く、追加でハイボールを頼んだら、ババア(もうこの辺でオバチャンなんて呼べなくなってました)からまた余計なひと言が。

「ハイボールね、安いからね!」と。

(貧乏人は値段で頼むってかぁ)

店内では奇妙な光景も目につきます。

お客様が次から次にグラスを持って汚いパントリー厨房に入って行きお代わりしているのです。

「なんだ、この店、もうお客様があきらめて自分でお代わりしてるよ」

「ここら辺のお客様は客層がいいからオバチャンに負けて自然とそんなシステムになってるんじゃありませんか」

「そうかもなあ、可哀想に」

ハイボールを空けて「さ、行こう行こう」とレジに向かい会計です。

「あら、早いねえ、まだ伝票できてないよ。今値段入れるからね」

(おいおい、今からかよ、それにメモ用紙に鉛筆だし・・・)

最後にまたまた驚きが待っていました。

「生ビール600円が2・・・」

オバチャンの鉛筆の先には生ビール600円と書かれているのです。

しょうがないなあ、オバチャンも年で勘違いしてるんだなとお人好しの石田は、「おねえさん、生ビールは580円ですよ。ハハハ・・」

オバチャンはキッと顔を上げて、「600円、600円!生は600円なの、ハイ600円!」と言い放ちます。

さすがの石田もムッとして、「ほら、あそこ580円→290円って書いてあるじゃない」と言ったのですが、「600円です。ウチは昔から600円なの。あれはタイムサービスなの!」

えぇ~ですよね。

「いや、そういうことじゃなく、元の値段が580円って・・・」

20円の攻防で疲れるし、相手が悪すぎる、無駄だとあきらめた石田は、「はいはい、解りました。いいですよ、それでもう、でもあれは書き変えた方がいいですよ。繁盛している店なんだから、多くのお客さんが間違えちゃうからね」とホントは怒るところと言われそうですが、もううんざりして言ったのです。

すると、次のオバチャンの一言で全てが明らかになりました。

「あぁ、書き換えはいらないのよ、今日で閉店だから。繁盛じゃないわよ。ほら、あそこ(指さしながら)、あれが、ここの社長。今日で最後だから、仲間ミンナ呼んで飲んでるの。常連も最後だから、皆来てるのよ。最後の日だけ繁盛してもねえ~ハハハぁ」

なんてことだ、スタッフの冗談は当りだったのです。

理解しました、7時半でもつ煮がないことも厨房に自発的に入って行く客もそういうことだったのです。

なによりサービスもクレンリネスも商品も困ったレベルでは潰れるんだということをホント理解しました。

お釣りを貰って出ようとする私にオバチャンが声をかけました。

「姉妹店がもう少し行ったところにあるので、今度はそっちに来てね」

サービス券をもらいながら(絶対行かないよ!あんたとは会いたくない!)と心で叫びながら、「そうだねぇ、今度はそちらで会いましょう」と笑顔で応える石田でした。